とおりすぎの記

 考えごとを書くブログ。書いたはなから通り過ぎていくようでもある。

年の瀬の文房具店

 

きょうで閉店なさる、商店街の文房具屋さんに出向いた。前々からそのお店で見ていて買おうかどうしようかと考えていた製本テープを買おうと。

 

お店はお客さんが入れ替わり立ち替わり。近くの方々が挨拶を兼ねて来られているようす。私くらいの年配の方が、こどもの頃からお世話になりましたと店主さんはじめお店の方々に挨拶をなさっていた。70年だからそういう方も来られてますよ、と、お店の方がおっしゃっていた。

 

ラベルシートなど実際必要なものをあわせて買おうとしていたが、消耗品でなくてずっと残るものを買いたいと思い直し、店内を見て歩いていたら、雲形定規を見つけた。いま私は手描きで、スケッチのような楽譜(というか「楽譜絵」というか)を描いている。楽譜でスラーなど曲線を書くのに雲形定規を使うという話を聞いていて、しかし雲形定規は高いので手を出さずにいたのだった。もう雲形定規の箱を手に取っていた。

 

このお店ではこどもの頃に虫眼鏡を買った記憶がぼんやりとある。文房具屋さんは近所に多く、この文房具屋さんはやや遠かったこともあってこどもの頃の私はたまに利用するくらいだったと思うが、だんだんとほかの文房具屋さんが閉店して、いまでは近所で通うのはこちらのお店だけになっていた。

 

むかし日記帳に使おうと買った厚いノートの、同じデザインのものが1冊あった。いまはコンスタントに日記を書いていず、そうした厚いノートは使わなくなった。その買ったノートのほうも、たしか日記ではなく別の用途に使ったと思うのだが、いまどこにあるだろう。

 

いろいろなことを次々思い出した。以前に絵を描いていた頃、スケッチ用の鉛筆というものをこのお店ではじめて見て、購入したのも思い出した。その鉛筆も買うことにした。画材が多く揃えてあるお店だった。油絵用品も多かった。御主人さんがそういう美術関係のつながりがおありだったのか、お得意のお客さんがいらっしゃったのか。画材類はほとんどが売れてなくなり、棚にいくらかのオイルの瓶が並んでいた。

 

風邪なのに長居をしてはご迷惑と思い、買い物を引き上げることにした。御主人のほうから、お世話になりました、とご挨拶してくださった。さきほどの年配の方と同じに、私もこどもの頃からお世話になりました、と、お礼を申し上げた。後ろではひと世代若い方がレジを打ち、私の後ろではさらにひと世代かふた世代若いこどもさんが店内を歩き回って遊んでいた。私も店の育ちだった。家業の店が閉店した日もこうして家の者々みな店に出ていたのだっただろうか、と、思い起こそうとしたけれど、その景色をすぐには思い出せなかった。

 

領収書を手書きでいただいた。あらためてお礼を申し上げて、お店を後にした。出口を出て立ち止まって振り返っていたが、お店に次の方々がやってこられたのでその場を離れた。お店はきょういっぱいはきっと、送るお客さんでにぎわうことだろう。これまでありがとうございました。

 

***

 

さきほど、日の入りを見送った。この十数年はずっと出先で大晦日の夕日を見送った。たまたま風邪になってしまい、今年は家での見送りになったが、家から日没を見届けるこの景色も自分にはだいじな景色だったと思い出した。5時過ぎに山に沈んだ夕日は、雲のたなびく上空に向かって、いくつもの光条を投げ上げていた。